静岡地方裁判所 昭和59年(モ)799号 判決 1985年10月21日
債権者
富士宮信用金庫
右代表者
赤池三義
右訴訟代理人
長橋勝啓
債務者
三明商事株式会社
右代表者
内藤定義
右訴訟代理人
中尾昭
主文
一 債権者と債務者との間の当庁昭和五九年(ヨ)第三四三号債権仮差押申請事件について、当裁判所が昭和五九年九月二八日にした仮差押決定は、この判決の言渡しから一〇日以内に債権者において更に保証として金四〇万円を追加して供託することを条件として、認可する。
二 訴訟費用は、これを二分し、その一を債権者の、その余を債務者の各負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 債権者
主文第一項記載の仮差押決定を認可する。
二 債務者
1 主文第一項記載の仮差押決定を取り消す。
2 債権者の仮差押命令申請を却下する。
3 訴訟費用は、債権者の負担とする。
第二 当事者の主張
一 申請の理由
1 債権者は、債務者の振出しに係る別紙請求債権目録記載の約束手形を所持している。
2 債権者は、右約束手形を支払期日に支払場所に呈示した。
3 本件については、次の事情に照らし、仮差押えの必要がある。
(一) 債務者は、2記載の本件手形の呈示に対して、「契約不履行」を理由に支払を拒絶したが、契約不履行の事実はない。
(二) 債務者は、債権者以外にも多額の債務を負担しており、別紙仮差押債権目録記載の債権を有するものの、これを他に譲渡するかも知れない状況にある。
(三) 債権者は、本件手形を含め債務者振出しに係る約束手形三三通、合計金額八二五〇万三五〇四円を所持しているが、本件手形を含む五通、合計金額三八二万七一一〇円を除く二八通合計金額七八六七万六三九四円について債務者は、偽造でもないのに「偽造」を理由として支払を拒絶し、右と同額の異議申立預託金の提供を免れている。
(四) 債権者は、債務者を被告として、本件約束手形を含む三六通の約束手形の支払を求め、昭和五九年一二月一七日静岡地方裁判所富士支部に訴えを提起したが、その訴えに対し、債務者は、各約束手形の振出しの事実を認め、抗弁として騙取のみを主張している。
(五) 本件仮差押えの第三債務者は、その陳述書において、本件仮差押債権について「場合により相殺することもありうる」と述べている。
よつて、本件仮差押決定の認可を求める。
二 申請の理由に対する認否
1 申請の理由1の事実は不知、同2の事実は認める。
2 同3は争うが、各項記載の事実のうち(一)の支払拒絶の事実及び(四)の事実は認めるが、(一)の契約不履行がないとの事実は知らず、(二)の事実は否認する。
三 債務者の主張
債権者は、債務者の営業状態を調査していないのに、これをしたかのように内容虚偽の報告書を疎明資料として提出し、保全の必要性がないのにこれがあるかの如き虚偽の報告書により本件仮差押申請をしたものであり、この違法性は立保証によつて治癒するものではない。
第三 疎明<省略>
理由
一<証拠>によれば、申請の理由1の事実が認められ、同2の事実は当事者間に争いがない。
よつて、被保全債権の発生が認められるところ、債務者は本訴においてこれに対する抗弁を提出せず、被保全債権の存否を争点としないことが明らかであるので、被保全債権の存在に関する疎明は十分である。
二保全の必要性について検討する。
<証拠>によれば、申請の理由3(三)の事実、債務者振出しに係り、かつ、債権者が所持する約束手形のうち「偽造の申出」を理由に支払を拒絶された二八通については、訴外大野元郎が被告及び三明電業株式会社(本件約束手形を含む三三通の約束手形の受取人兼第一裏書人)のために業務上保管していたものを右訴外人において横領したとして、債務者において同訴外人を他の二名と伴に静岡県富士警察署長へ告訴していること及び本件手形を含む他の五通の約束手形は、右偽造を理由として支払を拒絶された各約束手形と同様、静岡銀行清水支店の手形用紙を用い、振出人の記名捺印、受取人、裏書人欄の記載も右各手形と同様の外観を有するが、告訴に係るものではなく、また、支払拒絶の理由は「契約不履行」とされていることが認められ、申請の理由3(四)の事実は当事者間に争いがない。
他方、<証拠>によれば、債務者は静岡県下でも業界内において知れた優良企業であり、昭和五九年一一月末の預金残高二億〇七四三万一〇九〇円、右時点の過去一年間の所得額五億五一四八万三四五四円の営業実績を有することが認められる。
また、申請の理由3(五)の事実は当裁判所に顕著である。
以上の事実によれば、債務者は被保全債権の疎明が十分であり、かつ、その金額は債務者の経営規模からみて少額であるのに、契約不履行としてその支払を拒み、かつ、真実の拒絶理由は契約不履行でないというのであつて、また本件手形以外の偽造を理由として支払を拒絶された約束手形については、真実と異なる偽造の申出により、手形交換所に対する信用担保の手段たる預託金の提供を免れており、更に、本件手形を含む額面合計八〇〇〇万円を超える約束手形について、訴外大野元郎が関与した紛争が生じているということになるが、優良企業でも会社内の紛争又は取引上の紛争によつて、大方の予期に反して経営不振に陥ることは稀有の事態ではなく、また、経営危機の予兆が手形の支払拒絶として現われ、その場合に振出人が真実と異なる理由をもつて支払を拒絶することも巷間見受けられ、このような場合に、銀行預金又は異議申立預託金が取引銀行により相殺の目的とされることも予想される事態であるから、前記認定に係る債務者の経営実績等を考慮しても、なお、本件仮差押えの必要を認めることができる。
もつとも、債務者が優秀な経営実績を有することは、仮差押えの必要性を減殺することも明らかであるので、前記認定に係る諸事情を総合すれば、保証金は、本件仮差押決定に金四〇万円を追加した金五〇万円が相当である。
三ところで、<証拠>によれば、右斉藤は債権者の吉原支店長として、昭和五九年七月三一日に本件手形と同様の振出、裏書の外観を有する約束手形六通について、内一通は契約不履行を理由に、残りの五通は偽造を理由として支払を拒絶され、当時、債権者としては同様の振出、裏書の外観を有する約束手形を他に二七通所持し、支払拒絶に係るものとの額面金額合計は金八〇〇〇万円を超えるものであつたことから本件約束手形の支払拒絶に対して、他に特段の調査をすることなく、「支払人(債務者)の営業状態につき調査したところ、同社は最近営業不振にして他にも相当の債務を負担していることが判明した。」という内容の報告書を作成し、これを疎明資料として本件仮差押申請をしたことが認められる。
右報告書の内容は、具体的調査をしたことを前提としながら、その内容は抽象的であつて、具体的心証をとることは極めて困難な疎明方法であるが、本件仮差押申請前に六通の約束手形の支払が拒絶された事情からすれば、拒絶理由たる「偽造の申出」からは債務者内部における振出権者に関する紛争が推測され、他方、同様の振出外観を有しながら「契約不履行」が拒絶理由とされたものについては、振出しの有効性と支払に関する紛争の存在が推測されるのであつて、これによれば疎明の程度はさておき、本件仮差押決定の時点においても仮差押えの必要性があつたと解されるので、前記報告書は作成者の主観的予測を記載したにすぎない定型的作文ともいうべきものであるが、そのことから本件仮差押申請を却下すべきものではなく、立保証により疎明の程度を補うことが相当である。
四以上によれば、債権者の申請は、更に保証金四〇万円を追加することを条件に、理由があると認められるので、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官富越和厚)
別 紙
仮差押債権目録
一、金一〇五万円
ただし、債務者が別紙請求債権目録記載の約束手形の不渡による取引停止処分を免れるため、第三債務者株式会社静岡銀行をして財団法人清水銀行協会(清水手形交換所)に異議提供金を提供せしめるにつき、第三債務者(清水支店扱)に預託した右金員の返還請求権。
別 紙
請求債権目録
一、金一〇五万円
ただし、債権者の債務者に対する左記一通の約束手形金債権
記
額 面 金一〇五万円
支払期日 昭和五九年八月三一日
支 払 地 清水市
支払場所 株式会社静岡銀行清水支店
振 出 地 清水市
振 出 日 昭和五九年三月三〇日
振 出 人 債 務 者
名宛人兼第一裏書人 三明電業株式会社
第二裏書人 公益電建株式会社
被裏書人兼所持人 債 権 者